プロダクション・ノート
新藤次郎プロデューサー(取材・構成:マジックアワー)
シナリオ
この企画は2004年頃から動き出したものです。当時、監督の新藤兼人は何冊かのシナリオを書き上げていました。どれも面白いものでしたが、独立プロとして製作するには難しそうな作品もありました。そのなかで「石内尋常高等小学校 花は散れども」は実現可能なシナリオだと思い、“教育”をテーマにしていた点にも興味をひかれました。監督は10年位前から、いじめや校内暴力といった教育現場の荒廃に心を痛めており、自分も物を作る人間として何か提言したいと考えていたのでしょう。そのなかで自分の幼少期・広島時代の先生との出会いに思いを馳せ、このシナリオが完成したのです。監督にとって先生との出会いはとても幸せなものでした。恩師が教師をやめた後も学校の前に家を借りていた話や、同窓会に出席した話などは、すべて事実を下敷きにしています。
撮影
2007年9月1日、映画のファースト・シーンにあたる市川先生(柄本)が教室で生徒に向かって話をする場面でクランク・イン。クランク・アップは10月31日、静岡県の大井川鉄道の家山(いえやま)駅でのラスト・シーンです。撮影は、ほぼ順撮りに近く、前半は子ども時代、後半は成人してからという風にスケジュールを組みました。約2ヶ月の撮影期間です。ほとんどセットは使わず、10ヶ所以上のロケ地を転々として撮影しました。監督も現地にずっと行きっぱなしなので大変だったと思います。木造の学校は、広島で現在休校中の校舎を借りました。30年後の学校は、私たち撮影隊がロケを終了した後、壊されたと聞いています。ロケ場所は、花こう岩の土壌、砂地、白い道など、監督の故郷広島の風土が色濃く残っている場所を選んでいます。学校の校庭が白いと思うでしょうが、あそこも土を入れて加工してはいません。海岸の場面は、鳥取県の姉ヶ浜です。今回監督のイメージする海辺がなかなか見つからず苦労しました。スタッフが半年位ロケハンして見つけてきた場所です。実際の撮影は天気に恵まれ、人の少ない浜だったので、3日間で済んでしまいました。ちまちました感じがなく、荒涼感のある風景が撮れて監督も満足していたと思います。同窓会の開かれる旅館は、広島県の尾道市にある割烹旅館竹村家さんを使いました。今でも営業していて、尾道では名の知れた旅館です。昔、小津安二郎監督が、映画「東京物語」の撮影時に宿泊した場所でもあります。また、江田島にある工場に隣接した古い社員寮を若干加工して板橋の下宿を再現しました。内階段のある昔ながらのアパートは東京近郊ではほとんどないですから。
子役
生徒役は、石内小学校と山田小学校の協力を得て、現地でオーディションをしました。撮影の2ヶ月前からスタッフが現地に行き探したのです。みどり役と三吉役の2人をのぞき、他は全員素人。良人役の生徒は石内小学校の生徒でした。現地の子どもにこだわったのは、彼らの顔だちや表情が都会の子どもたちと違うからです。純朴な雰囲気は彼らにしか出せないと思います。
キャスト
主な俳優さんたちのなかで最初に決まったのは、柄本明さんと大竹しのぶさんです。良人役は監督が“背が高くて二枚目の人”とイメージしていて(笑)、新藤組初参加となる豊川悦司さんにお願いしました。その他、出番は多くないのですが、たくさんの俳優さんが新藤組ならと多忙なスケジュールをやりくりして参加してくださいました。監督の状況も分かっていらっしゃる方たちだったので、チームワークが抜群に良く楽しい現場でした。2ヶ月という撮影期間で全体がゆったりとしたペースで進み、良い雰囲気で最後までいけたと思います。
体調管理
プロデューサーとして一番気を遣ったのは、やはり監督の体調管理です。とにかく完走させたいという思いでいっぱいでした。今だから言えますが、完成するだろうかと不安になった時もあります。映画監督である娘の新藤風に“監督健康管理”という形でスタッフ参加してもらい、現場では“無理をするより休んでしっかりやる”というスタンスを徹底しました。それでも、無声映画の雰囲気を出したいと取り入れたチャンバラのシーンの時などは、気温が35℃位にもなり、カツラをかぶる時代劇を撮影する状況としては、とても過酷でしたね。この映画はスタッフ、キャストのみなさんが一つになり、良い物を作りたいという熱い想いを共有してくださったので完成したのだと思います。全ての撮影が終了した時は、本当にホッとしました。実は監督もホッとしていましたね(笑)。
